大判例

20世紀の現憲法下の裁判例を掲載しています。

東京地方裁判所 平成5年(レ)234号 判決

控訴人

環境サービス株式会社

右代表者代表取締役

福山良照

右訴訟代理人弁護士

吉田杉明

被控訴人

古川澄男

主文

一  原判決を取り消す。

二  被控訴人の請求をいずれも棄却する。

三  訴訟費用は、第一、二審を通じ、被控訴人の負担とする。

事実

第一当事者の求めた裁判

一  控訴の趣旨

主文同旨

二  控訴の趣旨に対する答弁

1  本件控訴を棄却する。

2  控訴費用は控訴人の負担とする。

第二当事者の主張

一  請求原因

1  控訴人は、給排水設備の維持管理等を業務とする会社である。

2  控訴人は、平成四年六月二日、一か月の賃金を三八万円、賃金支払日を毎月一〇日とし、期間を定めないで、被控訴人を雇用した(以下「本件雇用契約」という。)。

3  控訴人は、同年七月七日、被控訴人に対し、即時解雇する旨の意思表示をした(以下「本件解雇」という。)。

4(一)  被控訴人は、同年六月三日から七月七日まで控訴人の下で就労した。控訴人の同年六月及び七月の労働日数はそれぞれ、二六日、二七日であったが、被控訴人の現実の稼働日数は六月が二四日、七月が六日であった。

(二)  被控訴人の右3の就労に対して支払われるべき賃金の額は四三万五二一三円である。

(三)  また、控訴人は、被控訴人に対し、解雇予告手当として三八万円を支払う義務がある。

5  控訴人は、被控訴人に対し、平成四年七月一〇日、賃金として三九万六九六七円を支払った。

6  よって、被控訴人は、控訴人に対し、未払賃金及び解雇予告手当の残金四一万八二四六円及びこれに対する支払期の経過後である平成四年九月三〇日から支払済まで商事法定利率年六分の割合による遅延損害金の支払を求める。

二  請求原因に対する認否

1  請求原因1の事実は認める。

2  同2の事実中、賃金額を除くその余の点は認める。賃金額は原則として月額三〇万円とし、被控訴人が月額一八〇万円以上の売上げを達成したときには月額三八万円とする約定であった。

3  同3の事実は否認する。被控訴人と控訴人は、平成四年七月七日、本件雇用契約を合意により解約した。

4  同4の事実中、(一)は認める。(二)、(三)は争う。

5  同5の事実は認める。

三  抗弁

1  労基法二〇条一項ただし書の労働者の責に帰すべき事由

被控訴人は、本件雇用契約締結に際し、給排水工事について経験がないのに、十分の経験がある旨控訴人に告知し、もって経歴を詐称した。

控訴人は、右経歴詐称により、被控訴人を十分な経験のある者として就労させたが、被控訴人は技量が劣っていたため、仕事を十分にこなすことができなかった。

2  相殺

被控訴人は、業績を上げることができず、また顧客に対し不適切な発言をして控訴人の信用を害した。さらに、控訴人は、被控訴人が控訴人を退職したことにより、被控訴人に使用させていた自動車を一五日間稼働させることができず損害を被った。

控訴人が、被控訴人の右各行為により被った損害額は五〇万円を下回らないから、控訴人は、被控訴人に対する右損害についての賠償請求権をもって、本訴債権と対当額で相殺する。

四  抗弁に対する認否

否認し、争う。

理由

一  請求原因について

1  請求原因1について

請求原因1の事実は当事者間に争いがない。

2  請求原因2について

請求原因2の事実中、賃金の額が一か月三八万円であったとの点を除くその余の点は当事者間に争いがない。

以下、賃金の額について判断する。

(一)  原審被控訴人本人尋問の結果中には被控訴人主張に副う供述があるが、その供述内容をみると、「採用面接のやりとりは覚えていない。給料は最初三〇万円くらいということであったが三〇万ときっちり言われたわけではない。よく覚えていないが、決断しかねていたら、三五万円という声が出たので、あと三万円くらい社長さんの飲み代で助けて下さいとお願いしたところ、社長がそういうことにしようと言った。」という趣旨であって、あいまいな点があるうえ、当初三〇万円程度のところから交渉が始まり、最終的には八万円という当初提示の額の三割に近い額の上乗せがされ、三八万円とすることで合意したということであり、きわめて安易に賃金額が決定されたことになって、事実経緯としてやや不自然である。

これに対し、原審控訴人代表者尋問の結果(第一回)中の採用面接の状況についての供述の内容をみると、「被控訴人に対し三〇万円を提示したが、どうしても三八万円はほしいということであった。そのような額は正社員でないと出せない、三五万円ではどうかと言ってみたが、被控訴人は三八万円を譲らなかった。そこで、一か月に一八〇万円の売上げを達成すれば月三八万円を支払うが、これに達しない売上げの場合は三〇万円ということではどうか、と条件を提示したところ、被控訴人は了解した。」という趣旨であり、高額の売上げがあった場合に限り賃金を上乗せするという合意ができたということであって、特にあいまいな点もなく、交渉の経緯としては被控訴人の供述内容よりも合理的である。

したがって、被控訴人主張の事実に副う被控訴人の原審での本人尋問における右供述は右原審控訴人代表者尋問の結果中の供述に照らしてたやすく採用できず、他に賃金を一か月三八万円とする約定であったと認めるに足りる証拠はない。

(二)  しかしながら、右原審控訴人代表者本人尋問の結果(第一回)によれば、本件雇用契約における賃金の約定は、原則として月三〇万円であり、被控訴人が月一八〇万円以上の売上げを達成したときには月三八万円とする、というものであったと認めることができる。

(証拠略)及び原審控訴人代表者尋問の結果(第一回)によれば、控訴人は平成四年七月一〇日に被控訴人に未払賃金を支払う際に賃金を一か月当たり三二万円強として計算している事実が認められるが、右尋問の結果によれば、これは、控訴人において、被控訴人が家族を有すること等を考慮して、本来月三〇万円として計算すればよいところを、一八〇万円の売上達成の場合には三八万円を支払う約定であったことをも考慮して、多めに賃金を計算したものであることが認められるので、右事実は賃金が原則一か月三〇万円の約定であったとの右認定を左右しない。

他に右認定を覆すに足りる証拠はない。

3  請求原因3について

原審被控訴人本人尋問の結果によれば請求原因3の事実を認めることができ、右認定に反する(証拠略)の記載及び原審控訴人代表者尋問(第一、二回)中の供述は右証拠に照らしてたやすく採用できず、他に右認定を覆すに足りる証拠はない。

4  請求原因4(一)、(二)について

請求原因4(一)の事実は当事者間に争いがなく、また原審控訴人代表者尋問の結果(第一回)によれば、被控訴人が一か月当たり一八〇万円以上の売上げを達成できなかったことが認められる。そこで、右2(二)の認定に従って被控訴人に支払われるべきであった賃金の額を計算すると、次のとおり三四万三五九〇円となる(請求原因4(三)(解雇予告手当)についての判断は後記二で行う。)。

6月の賃金

30万円×24日÷26日=27万6923円

7月の賃金

30万円×6日÷27日=6万6667円

合計 34万3590円(1円未満四捨五入)

二  抗弁について

抗弁1(労働者の責に帰すべき事由)について判断する。

1  原審控訴人代表者尋問の結果(第一、二回)及び原審被控訴人本人尋問の結果によれば、被控訴人は、本件雇用契約を締結するに際し、控訴人に対し、給排水工事の経験が五年あり、どのような仕事でもできる旨申告したこと、控訴人は、経験のない者を従業員として採用したときには経験のある従業員と一緒に仕事をさせることにしていたが、被控訴人については、右のとおり経験が十分あるとの申告があったため、最初から一人で仕事に就かせたことが各認められる。

2  そこで、被控訴人の給排水工事に関する経験、経歴について検討するに、(証拠略)、原審控訴人代表者尋問の結果(第一、二回)及び原審被控訴人本人尋問の結果(後記の採用しない部分を除く。)によれば、次の事実を認めることができ、被控訴人の原審での本人尋問における供述中右認定に反する部分は右各証拠に照らして採用できず、他に右認定を覆すに足りる証拠はない。

(一)  被控訴人は、本件雇用契約締結後、一週間ないし一〇日経ってから、控訴人に対し、履歴書(〈証拠略〉)を提出したが、これには給排水工事に関するものと思われる経歴としては、平成三年八月にファミリーサービスという会社に入社したこと及び平成四年一月にロートルーターサービスという会社に入社したことしか記載がなく、しかもこれらの会社の所在地等はまったく記載されていなかった。

控訴人が、後に社名を手掛かりに右の二社とおぼしき会社に対して問い合わせたところ、東京都足立区千住に所在のファミリーサービスという会社は被控訴人を雇用したことはない旨答え、また東京都杉並区(住所以下略)に所在のロートルーターサービスという会社は、被控訴人を三か月ほど雇ったことはあった、被控訴人は仕事はまったくできずファクシミリで退職届を出して辞めてしまった旨返答した。

被控訴人は、原審での本人尋問の際、これらの点に関する控訴人代理人の質問に対し、「控訴人に勤める前の勤め先で給排水工事に関係するのは高円寺南のロートルーターサービスという会社とファミリーサービスという会社である。足立区千住のファミリーサービスという会社は知らない。自分が勤めたファミリーサービスがどこに所在しているかはプライベートなことなので答えたくない。」旨供述し、裁判官の質問に対しては、「ファミリーサービスは渋谷の方にある会社だが登記はしていないし電話帳にも載っていない。」旨供述するのみであった。

(二)  被控訴人は、控訴人の下で就労している間少なくとも二回、請求書を作成する際に、給排水工事の経験者であれば当然知っているはずの基本的な部品の名前を誤って記載した。

また、被控訴人は、現場で作業中、控訴人代表者から水道管の凍結防止のための保温材を持ってくるよう指示された際、指示の内容を理解できずパイプを持ってきたことがあった。

(三)  被控訴人は、平成四年六月四日、ポンプの故障により水が止まらないので修理してほしい旨の依頼により、現場に赴いたが、ある程度の経験のある作業員であれば適当な応急措置をとったうえ改めて本工事を行うという段取りで仕事を進めていくことができる程度の故障であったにもかかわらず、何らの応急措置もとることができず、ただ現場を見ただけで引き上げてしまった。

このほか、被控訴人は、控訴人に対し、比較的簡単な作業である下水の詰まりの修理をやらせてほしい旨申し述べていた。

3  右2で認定した各事実を総合すると、被控訴人は、給排水工事に従事した経歴としては平成四年一月から三か月ロートルーターサービスという会社に勤務したことがあるだけで、右工事に関する経験、経歴は皆無とはいえないまでもきわめて乏しいものであったことが推認できる。

被控訴人の原審での本人尋問における供述のうち右認定に反するものは右2で認定した事実に照らして採用できない。また、本件雇用契約に基づいて被控訴人が控訴人の下で就労した期間は一か月余りとなっているが、この程度の期間は控訴人において被控訴人の経験、熟練の程度を見極めるのに必要なものと考えられ、雇用が右の期間継続したことをもって、控訴人が被控訴人の技量を十分なものと認めていたことひいては被控訴人が給排水工事について十分な経験、経歴を有していたことを推認させる事実ということはできない。

他に右認定を覆すに足りる証拠はない。

4  そうすると、被控訴人は、給排水工事についてあまり経験がなかったにもかかわらず、控訴人と本件雇用契約を締結するに際し、控訴人に対し、給排水工事について五年の経験がありどのような仕事でもできる旨虚偽の申告をし、これを信用した控訴人は被控訴人を経験者として就労させたが、被控訴人は右2(二)、(三)で認定したとおり仕事を十分にこなすことができなかったということになる。

このように、被控訴人は、使用者たる控訴人において雇い入れをするかどうかあるいはどのような条件で雇用するかを決するための重要な判断証拠となる事項について虚偽の申告をし、これを信用した控訴人に被控訴人の労働条件の決定を誤らせたものであるが、このような事情は労基法二〇条一項ただし書の労働者の責に帰すべき事由に当たるというべきである。

したがって、控訴人は、被控訴人に対し、本件解雇に当たり解雇予告手当を支払う義務を負っていなかったものである。

三  弁済充当について

以上のとおり、控訴人は、被控訴人に対し、賃金として三四万三五九〇円を支払う義務を負っていただけであり、解雇予告手当を支払う義務は負っていなかったところ、控訴人が被控訴人に対し平成四年七月一〇日賃金として三九万六九六七円を支払ったこと(請求原因5の事実)は当事者間に争いがないから、既に右賃金債務は弁済により消滅していることになる。

四  結論

よってその余の点について判断するまでもなく、被控訴人の請求はいずれも理由がなくこれを棄却すべきところ、これと結論を異にする原判決は不当であるから取り消し、被控訴人の請求をいずれも棄却し、訴訟費用の負担について民訴法九六条、八九条を適用して、主文のとおり判決する。

(裁判長裁判官 林豊 裁判官 小佐田潔 裁判官 岡田健)

自由と民主主義を守るため、ウクライナ軍に支援を!
©大判例